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−経過− “諸問題”(「東洋史学の諸問題」)は毎年、各自の研究経過の報告、方法論上の課題に関する議論などを行ってきた。これにより我々は、その時々の研究課題をある程度の形にまとめる機会を与えられ、同時に、日常的な研究生活の中できわめて不足がちな、学科内他地域の研究動向や方法論についての情報にも接してきた。今年度もこのような報告と議論の場を設けるべく“諸問題"がつづけられたが、またこれら加え、メンバーの不参加という去年度の問題点の克服も目指された。そして今年度の基本的な方針について4月×日の院生会で討議が持たれた結果、運営上月1回の例会方式で毎回原則として全員参加という前提のもとで、@何らかの方法論的テーマに基づく各自の報告(1988年度と同方針)、A報告者の専門地域を敢えて避けた研究紹介、Bその他、の案が出され、このうち全員の議論への積極的な参加が期待されるAが支持された。具体的には月末の木曜に3時間の例会を開き、各報告者が1時間の持ち時間で、自己の研究テーマに関連する、自己の専攻地域以外の論文・研究書(経済的理由から新書・文庫を主とす)を解説し、主要な論点について討議することとした。なお、課題文献は1週間以上前に東洋史学科研究室の黒板に示し、参加者は事前に入手し読むことを義務づけられた。この方針は当日担当の尾形勇教授に伝えられ、承認された。また同時に、尾形教授は出席せず、毎回メンバー自身の運営に任せられることも承認された。これによって、実際に以下のように報告が行われた。
| 日時 |
報告者 |
課題文献 |
5月23日 (15:00−18:00) |
近藤 矢沢 |
小谷汪之『大地の子』 小島剛一『トルコのもう一つの顔』 |
6月25日 (15:00−18:00) |
嶋尾 金田 |
速水融『江戸の農民生活史』 松井茂『イラク−知られざる軍事大国』 |
9月26日 (15:00−18:00) |
青木 清水 |
D.ノース『文明史の経済学』 R.ダーントン『猫の大虐殺』 |
10月31日 (15:00−18:00) |
高野 山田 |
川田順造『無文字社会の歴史』 I.ウォーラーステイン『史的システムとしての資本主義』 |
11月28日 (15:00−18:00) |
吉沢 飯島 |
後藤明『メッカ−イスラームの都市社会』 見市雅俊「コレラの世界史」『青い恐怖 白い街』 |
1月29日 (13:00−18:00) |
金 大稔 帆刈 寺西 |
木村英亮『ソ連の歴史』 V.ターナー『象徴と社会』 桜井進『江戸の無意識』 P.アリエス『死と歴史』
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2月5日 (15:00−18:00) |
孫炳圭 李培徳 |
山川菊栄『わが住む村』 角山栄『「通商国家」日本の情報戦略』
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(出版社、出版年等はレジメ参照)
これらの課題図書からも推測できるように、参加者は、各自の興味と密接に結びつけつつも、他地域における最新の研究、古典、有用な枠組みや話題を提供する著書などを題材とした。たしかに毎回、課題文献を入手し予習するという負担は小さくはなかったが、西洋史・日本史・社会学・人類学等の幅広い分野にわたっての最新の研究に関する知識を共有し得たことは、参加者全員にとって大きな収穫であった。また「近代」「実証主義」「植民地」など、旧時に比して話題にされる機会が少なくなった大きなテーマについて、それぞれの思想を忌憚なく述べあったことも貴重な体験であった。事実、各回少なくとも10人前後の参加者があり、17時閉会という当初の予定を1時間出るほどに討議が白熱することが通常で、また予習率も常に半分以上であったことを考えれば、今年度の“諸問題”は予想外の成功であったと言わざるを得ない。 反省すべき点として専門性に欠けたとの指摘もあったが、他地域を題材とするという趣旨からは、避けられない結果ではあったと思われる。当初「学生の自主的な研究に対して単位を認定する」ことを目的に設けられたこの講座も、歴史学における方法の多様化や研究の個別細分化が進むとともに、これに対応すべき幅広い討議の場としての新たな役割を期待されるようになっており、ひとつの転機を迎えつつあると言えよう。また教授側には、合同発表会という形式によるべきであるという意見もあるようであるが、“諸問題"を例会形式によって行う場合、その成果を如何に伝えるかについては、今後に課題を残した。
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